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熊本地方裁判所 昭和41年(わ)276号 判決 1967年9月09日

主文

被告人木下富雄を懲役一年六月および

判示第三の(一)の罪につき罰金八〇〇、〇〇〇円に、

判示第三の(二)の罪につき罰金七〇〇、〇〇〇円に、

同木下末廣を懲役六月に処する。

未決勾留日数中、被告人木下富雄に対し一五〇日を、

同末廣に対し六〇日を右各懲役刑に算入する。

被告人木下富雄において右罰金を完納することができないときは、金五、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中、証人木部マツ、同木村幹雄、同野田糧作、同古川和枝、同伊瀬知三郎に支給した分は右被告人両名の連帯負担とし、証人今辻政雄、同西清、同清崎重人、同平野マサ子、同今井健児、同後藤辰彦、同石村貞雄、同香月英一、同住福忠国、同加藤国雄、同道家貴治、同大眉源吾、同鬼塚慎二、同斉藤典夫、同八木比呂子、同下田正修、同小森俊雄、同永田清次、同岩崎〓夫、同梶原康生(二回)、同高野春次、同緒方俊夫に各支給した分を除くその余は、被告人木下富雄の負担とする。

被告人木下富雄に対する公訴事実中(一)道家貴治に対する恐喝の点、(二)公正証書原本不実記載同行使の点、(三)国有財産である第一号ないし第三号用排水路敷地を侵奪したとの点、(四)昭和三六年九月分の入場税を不正の行為により逋脱したとの点につき、同被告人は無罪。

被告人木下末廣に対する公訴事実中、公正証書原本不実記載同行使の点につき、同被告人は無罪。

被告人岩崎〓夫、同永田清次、同木下辰則は、いずれも無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人木下富雄は、昭和二八年一二月ごろ木下建設株式会社を設立してその社長となり、伊瀬知三郎を専務取締役として建設業を営んでいたところ、昭和三〇年四月熊本市議会議員となり(以後三期その職に在つた)、同三二年兼業禁止により右社長の地位を伊勢知に譲つたものの、依然同会社の実権をその大綱において掌握し、同会社の会長と呼称され、また昭和三六年熊本市建設業協会の結成に当つては主導的役割を担当し、以後その顧問となり、前記伊瀬知が同協会の副会長、会長を歴任し、建設業会のいわば実力者として隠然たる影響力を持つていたが、他面その過去の経歴において、的屋などいわゆる暴力団の主宰者と目される者の許に寄食し、あるいは交際しまた対立し、現に親交を結んでいる者があることなどの事情に加えて、生来の激しい気性と平素の言動よりして、同人を知る者からそれ相応の評価を受け、畏怖の念を懐かれていた者、被告人木下末廣は、同富雄の実弟であり、木下建設株式会社に勤務した後、自ら建設業を営むようになつた者であるが、

第一  熊本市発注の昭和三八年七月三一日入札にかかる同市立城北小学校建設第二期工事(工事予定額金九、四三〇、〇〇〇円)につき、その指名業者たちによつて開催されたいわゆる協調会において、合資会社木部建設(代表者木部マツ)と有限会社木村建設(代表者木村幹雄)がいずれも右工事の落札を希望して譲らず、結局木部マツ(当時四八年)の要請により、被告人木下末廣が右木村に威力を加えて落札を断念させた経緯があつたことから、右木部から政治献金名下に金員を喝取しようと企て、被告人両名は、伊瀬知三郎と共謀のうえ、昭和三八年八月一日熊本市新市街二番二一号木下建設株式会社事務室において、木部マツに対し伊瀬知において、「知事選挙等で費用が要つたので、政治献金として金を出してくれんですか。昨日の工事は競争すれば一割は捨てんといかんだつたでしようが。その分を出してくれんですか。」などと申し向け、約九四三、〇〇〇円の交付を要求したところ、若干の政治献金は覚悟していた同女も、その過大な要求に痛く驚き、その翌日前同所に赴き減額方を懇願するや、伊瀬知は被告人木下富雄の指示に基づき、従前の金額を固執しつつも、結局は同女において入札に要した経費を控除することとし、金六六〇、〇〇〇円の交付を要求し、同女をして右要求に応じなければ、被告人らの前記地位背景からして右工事の施工や将来の市発注の工事の指名ならびに落札につき、如何なる妨害などを受けるかわからないと困惑畏怖させ、よつて同女から同月三一日ごろ前記事務所において、同女振出の熊本相互銀行宛額面五〇〇、〇〇〇円の小切手一通を、さらに同年一一月九日ごろ同所において、古川和枝を介し、現金一六〇、〇〇〇円の交付を受けてこれを喝取し、

第二  被告人木下富雄は、株式会社上熊本自動車専門学校(代表取締役田上龍雄)が熊本市池田町字本坪および字桜井所在の約五〇、〇〇〇平方米の買収田地を同校建設用地として造成するに際し、同会社の専務取締役出田久から同被告人と懇意の間柄にある某建設会社を名指して紹介方を依頼されるや、同人に対し「是非その仕事を自分にやらせてくれ。」などと申し向けて、木下建設株式会社(代表取締役伊瀬知三郎)に発注方を要請した結果、昭和四〇年六月八日ごろ前記自動車学校と木下建設株式会社との間において右田地等の埋立工事等に関し契約を締結するに至つたところ、そのころ同被告人は前記出田、伊瀬知らとともに、右学校建設用地内に国有財産である熊本市長管理の市道が存在することを知つたのであるが、かかる場合これが埋め立てには道路法に基づき熊本市に対し市道廃止手続(道路付替変更ならびに敷地の交換申請)をし、同市議会の議決を経た後同市長の承認を得なければならないことを知悉し、かつ市議会の開催時期などから推してまだ右手続の履践されていないことを知りながら、前記出田らにおいて多額の銀行金利に追われ、早期開校の必要に迫られた結果、右手続の履践を待たず右市道を埋め立てようと意図していることを察知してこれに同調し、ここに同被告人は、伊瀬知三郎、出田久らと互に意思相通じて共謀のうえ、同年一〇月末ごろ情を知らない下請業者西日本建設株式会社を督励し、いずれも熊本市道である同町字桜井一、三七二番地から同町字本坪一、一七四番地に通ずる幅員二、五米の「桜井本坪線」(長さ一六三、八米、面積四〇九、五平方米)、同町字桜井一、三九九番地から同町字本坪一、二四三番地の一に通ずる幅員〇、九米の「本坪桜井線」(長さ二八三、四米、面積二五五、〇六平方米)および同町字本坪一、二三五番地から同一、二三六番地に通ずる幅員〇、九米の「本坪一号線」(長さ五四、六米、面積四九、一四平方米)の各砂利道(敷地面積合計七一三、七平方米)を土砂をもつて盛り土して埋め立て、前記学校用地の一部として取り込み占有し、もつて右市道をみだりに損壊し、かつ他人の不動産である右各市道敷地を侵奪し、

第三  被告人木下富雄は、昭和三六年一〇月一日から同年一一月三〇日までの間熊本市所在熊本城竹の丸を興行場として、「熊本大菊人形博覧会」と称する見世物(昭和三七年法律第五〇号による改正前の入場税法第一条所定)を主催したものであるが、入場税を逋脱しようと企て、特別入場券(以下、単に前売券という。)については、あらかじめ所轄税務署において検印を受け、興業終了後残券を税務署に返還し、実際の入場料の領収額を確認する制度になつていたところから、入場の際入場者から呈示を受けた前売券の半片(「花壇券」「人形館券」と印刷した部分)をことさら切り取らないで、そのまま全券を回収して別途保管し、あたかも売れ残りの未使用残券であるかのごとく仮装するなどし、右相当額の入場料金を課税標準額申告中に算入しない方法により、

(一)  昭和三六年一〇月中に前売券五四、五四五枚分の入場料金六、五四五、四〇〇円を領収し、当日売入場券等二八、〇五二枚分金一、六四一、四二〇円を合算すれば、課税標準額金六、八九二、八〇〇円、入場税額金一、二九四、〇〇〇円であるのに、同年一一月一一日ごろ熊本市二の丸一番四号熊本税務署において、同署長に対し、同年一〇月中前売券一一、四四八枚分の入場料金一、三七三、七六〇円を領収し、前記当日売入場券等を合算すれば、課税標準額金二、五八三、一〇〇円、入場税額金四三二、〇六〇円なる旨過少に記載した課税標準額申告書を提出し、所定の納期限までに右差額入場税金八六一、九四〇円を納入せず、

(二)  同年一一月中に前売券五九、三六一枚分の入場料金七、一二三、三二〇円を領収し、当日売券等一九、四六九枚分金九五五、三六〇円を合算すれば、課税標準額六、七八八、六〇〇円、入場税額金一、二九〇、〇七〇円であるのに、同年一二月九日ごろ同税務署において、同署長に対し、同年一一月中前売券二三、四七五枚分の入場料金二、八一七、〇〇〇円を領収し、前記当日売入場券等を合算すれば課税標準額金三、二〇〇、〇〇〇円、入場税額金五七二、三五〇円である旨過少に記載した課税標準額申告書を提出し、所定の納期限までに右差額入場税金七一七、七二〇円を納入せず、

もつて、いずれも不正の行為によつて入場税を逋脱し

たものである。

(証拠の標目)(省略)

(確定裁判)

被告人木下末廣は、昭和四一年六月六日熊本地方裁判所において、競売入札妨害罪により懲役四月に処せられ、右裁判は同四二年四月七日確定したものであつて、右の事実は検察事務官作成の前科調書により明らかである。

(法令の適用)

被告人らの判示第一の所為は、刑法第六〇条、第二四九条第一項に、判示第二の所為中不動産侵奪の点は刑法第六〇条、第二三五条の二に、道路法違反の点は刑法第六〇条、道路法第九九条に、判示第三の一、二の各所為は、いずれも昭和三七年三月三一日法律第五〇号附則第四項、同法律による改正前の入場税法第二五条第一項第一号に各該当するところ、被告人木下富雄の判示不動産侵奪と道路法違反の点は一個の行為にして二個の罪名に触れる場合であるから、重い前者の罪の刑に従い、入場税法違反の点は情状に鑑み同法第二五条第二項を適用し、かつ懲役と罰金を併科することとし、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、懲役刑につき同法第四七条本文、第一〇条により結局犯情の点において最も重いと認める判示第一の罪の刑に法定の加重をし、刑法第四八条第一項、前記昭和三七年法律第五〇号附則第四項、廃止前の入場税法第二九条(刑法第四八条第二項の適用排除)を適用し、右刑期および罰金額の範囲内で、同被告人を懲役一年六月および判示第三の(一)の罪につき罰金八〇〇、〇〇〇円に、同(二)の罪につき罰金七〇〇、〇〇〇円に処し、被告人木下末廣については、前示確定裁判を経た罪があり、これと判示第一の罪とは刑法第四五条後段の併合罪の関係にあるから、同法第五〇条により未だ裁判を経ないこの罪につき処断することとし、その所定刑期の範囲内で、同被告人を懲役六月に処し、刑法第二一条を適用し未決勾留日数中、被告人富雄に対しては一五〇日、同末廣に対しては六〇日を右各懲役刑に算入し、同法第一八条により被告人富雄において前記罰金を完納することができないときは、金五、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条を適用し、主文掲記のごとくその負担を定める。

(無罪の判断)

一  道家貴治に対する恐喝の事実について(被告人木下富雄に対する昭和四一年七月四日付起訴の公訴事実第一)

右公訴事実の要旨は、「被告人は暴力団木下組々長、木下建設株式会社会長であつて熊本市議会議員の職にあり、その背景や平素の言動などから、熊本市建設業界の実力者として同業者および一般市民に畏怖されているものであるが、昭和三六年一〇月一日から約二ケ月間にわたり熊本市熊本城内竹の丸において菊花壇および菊人形博覧会を開催するに当たり、かねて西日本菊装園芸株式会社代表取締役道家貴治(当五九年)をして請負代金一〇、〇〇〇、〇〇〇円の約定のもとに同博覧会のための菊栽培ならびに菊花壇、菊人形館施設等の仕事を履行させ、同年一〇月一五日まで右道家に対し合計九、〇〇〇、〇〇〇円を支払つたが、残代金一、〇〇〇、〇〇〇円については、同人から数回にわたりその支払請求を受けたが、言を左右にして遷延していたところ、たまたま右道家貴治が同年一二月二六日午後四時ごろ熊本市横紺屋町一〇番地熊本商工会議所を訪れ、同会議所専務理事大眉源吾に右残金の支払についての斡旋方を懇請している旨を聞知して憤激し、道家貴治の右所為に因縁をつけて脅迫し、右残代金の請求を断念せしめてこれが支払を免れようと決意し、木下建設株式会社社員岩崎〓夫、木下組々員永田清次と共謀のうえ、同日午後四時三〇分ごろ同人らとともに右商工会議所階下事務室に赴き、椅子に腰かけていた右道家貴治を取り囲み、被告人において「貴様は。」と怒号しながら右手で道家のネクタイの結び目を掴んで同人の首を締めあげ、両手で同人の前襟をもつて床上に仰向けに押し倒し、さらに前襟を握つて揺さぶりながらその後頭部を四、五回床面に打ちつけたうえ、「貴様は、まだ熊本の木下を知らんのか。俺は前科もある。貴様は大体生意気だ。貴様には金は払わん。今から貴様が何処で仕事をしようと思つても仕事のできんように邪魔してやる。」などと怒鳴りつけて脅迫し、右道家貴治をして残金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払を請求するにおいては、自己の身体生命等に如何なる危害を加えられるかも知れないと畏怖させてこれが請求を断念させ、もつて右残金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払を免れて財産上同額相当の不法の利益を得たものである。」というのであつて、右所為は刑法第二四九条第一項に該当するというのである。

右公訴事実に対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

(一)  残債務の存否について

被告人木下富雄は、本件犯行があつたとされる当時において、西日本菊装園芸株式会社(以下、単に道家という。)に対する金一、〇〇〇、〇〇〇円の債務は存在しなかつた旨主張し、その理由として、本件契約金を一〇、〇〇〇、〇〇〇円と約定したのは、右契約に先きだち道家と佐世保商工会議所との間に締結された同種契約における契約金より一、五〇〇、〇〇〇円を減額する旨の約定に基づくものであつたところ、右佐世保の契約は昭和三六年五月二四日改訂され、基本代金を七、〇〇〇、〇〇〇円とし、入場人員二〇万人を超えたときは三、〇〇〇、〇〇〇円を限度として三割の歩増金を支払うことになつた。したがつて、右改訂に伴い本件契約金は右最高額一〇、〇〇〇、〇〇〇円を基準にし、それより一、五〇〇、〇〇〇円を減じた八、五〇〇、〇〇〇円に当然減額されたのであつて、すでに九、〇〇〇、〇〇〇円を支払ずみであるから、過払こそあれ残債務はないとし、道家が同被告人を相手どり昭和三七年九月一一日福岡地方裁判所に提起した本件一、〇〇〇、〇〇〇円の契約金請求訴訟(同庁昭和三七年(ワ)第九一八号)につき同裁判所が昭和四〇年一〇月二五日にした同被告人勝訴の判決(未確定)を援用するのである。

そこで、本件証拠に基づきこの点について調べてみると、本件契約金額は道家と佐世保商工会議所との契約金額より一、五〇〇、〇〇〇円減額する約定であつたことについては、前記民事訴訟において道家の明らかに争わないところで(同訴訟事件の判決謄本)、また同人の証言によつてもこれを一応認めることができる。そして、証人住福忠国、同加藤国雄、同岩崎〓夫および同免出礦の各証言ならびに昭和三六年七月二四日付覚書によると、佐世保の当初契約金額一一、五〇〇、〇〇〇円が法外に高額であるとの疑が持たれ、佐世保商工会議所の要求により、熊本における本件契約締結のころにはすでに減額改訂の折衝が進行していたこと、道家は佐世保の契約金が改訂されたことを同被告人にひた隠しにし、同年七月二四日佐世保商工会議所に懇請して金一〇、〇〇〇、〇〇〇円の架空の契約書(覚書)を作成して貰い、隠蔽工作を講じていること、前記訴訟においても道家は右約定の存否ではなく、むしろ佐世保の代金改訂の事実を争つており、控訴審においてもその主張を変えていないことなどの諸事実を認めることができ、これに本件契約を締結するに至つた特異な経緯を併わせ考えると、右減額の約定の趣旨とするところは、単に熊本における代金決定のかけひきの基準になつたのに止まらず、将来佐世保の契約代金が減額改訂された場合には、これを基準にしてさらに一、五〇〇、〇〇〇円だけ減額する約旨を包含するものと解するのが相当である。ただ、ここで問題にすべきは、佐世保の代金改訂が当事者の何らの意思表示をまたず、当然に減額の効果を生ぜしめるかということである。そして、本件証拠を精査しても、この点に関する当事者の真意を確認するに足る適確な証拠はなく、結局前判示の諸事情を勘案し、条理に基づいて当事者の意思を解釈するほかないのであるが、かかる観点に立つて右約定の趣旨とするところを考えるに、それは佐世保の代金減額を条件として当然熊本の代金減額の効果が発生するとするのでもなく、またそうかと云つて同被告人の請求があれば道家において減額折衝に応ずる義務が生ずるというのでもなく、むしろ特段の事情のない限り、契約当事者である同被告人の減額の意思表示があれば、それにより即時減額の効果が発生するものと解するのが相当である。(かような解釈は、前記契約当事者の主張しないところであるが、弁論主義、当事者処分主義の原則が支配する民事訴訟と異なり、本件については刑法的観点から判断をなすべきであつて、民事判決ならびに同訴訟における当事者の主張に拘束されないことはいうまでもない。)

そうだとすると、本件犯行の日とされる昭和三六年一二月二六日までの間に、同被告人の右のごとき意思表示がなされたことを認めるに足る適確な証拠はなく、右時点においては同被告人の道家に対する金一、〇〇〇、〇〇〇円の残債務はなお存在したといわなければならない。

(二)  残債務を免がれようとする同被告人の犯意について

以上説示のごとく、本件残債務は問題とされる時点に客観的には存在していたけれども、前段掲記の証拠に、岩崎〓夫作成の佐世保出張調査報告書、昭和三六年一二月二九日付内容証明郵便ならびに被告人木下富雄の当公判廷における供述を総合すると、同被告人は昭和三六年一二月上旬岩崎〓夫を佐世保に派遣して実情を調査させた結果、前記のごとき佐世保における代金改訂の事実ならびに道家の隠蔽工作等を確認し、本件に先きだつ同月中旬には、道家に対する残債務の消滅を確信するに至つたことを認めるに足りる。このことは、同被告人が本件直後である同年一二月二九日付で道家に宛て内容証明郵便を送り、残債務の存在しないことを申入れているが、その文面内容とかような処置をとるに至つた経緯とによつて裏付けされており、また右行為が前段説示の代金減額の意思表示に該当するものと考えられ、客観的にも右書面の道家への到達により、前記残債務は消滅したと解せられる。かようにみてくると、前記のごとく同被告人が残債務の消滅を確信するについて相当の理由が認められ、もしそうだとすれば、同被告人が債務を免れるため行動を起こすことは、他に特段の事由のない限り、筋の通つたものとして首肯しえないのである。

なるほど、証人鬼塚慎二、同高野春次、同斉藤典夫の各証言、右高野、斉藤の検察官に対する各供述調書に、道家貴治の証言の一部、同被告人の当公判廷における供述の一部を総合勘案すると、同被告人が公訴事実記載の日時場所において道家と相当激しい剣幕で相対しており、その際の同被告人の行動のうち暴行、脅迫と評価すべき所為があつたことはうかがうに足りる(その程度、態様が公訴事実記録のごときものであつたかどうかの判断は暫くことを措く。)けれども、同被告人がかかる所為に出た動機は、前判示のごときいきさつなのに道家がなお残債務の存在を固執することに対する憤りもさることながら、その主たるものは、元来熊本大菊人形博覧会は熊本商工会議所主催の形式は採つても、実際はすべて同被告人の計算において興業され、会議所には一切金銭的迷惑をかけないとの約定があり、このことは道家において知悉していたのにかかわらず、同人があえて残代金の折衝を会議所に持ち込んだことに、同被告人が同会議所議員であることの面子も手伝い、痛く憤激したことに在るものと認定するのが相当である。このことは、高野春次の供述にあるように、同被告人が「なぜ筋違いのここに来たか。」と怒鳴つていることに徴しても認められるのであつて、道家貴治の証言中以上の認定に反する部分はにわかに措信できない。

してみれば、同被告人に道家に対する債務を免れる意思がなかつたといわざるをえず、少くともかような意思の存在に関する証明は不十分であるから、結局犯意を欠くことになり、その余の点を判断するまでもなく、同被告人に恐喝罪は成立しないといわなければならない。

なお、「暴力団木下組」の存否が、本件審理において大きな争点となつたので附言するに、そもそも「暴力団」なるものの定義に一義性を欠くきらいがあるが、このことは暫く措き、検察官の援用する岡本輝雄の証言はその存在を肯定し、熊本県警察本部においては被告人富雄を組長とし、約一五名の組員を擁する組織体として視察の対象としているというのであるが、右証言を本件審理に現われた同被告人の周辺の人物とひき合わせ検討し、よく吟味してみると、右証言によつては警察当局がさような評価をしていることの証拠となりえても、「木下組」なる名称の「組織体」の実在を確認するに足る決定的証拠となしがたいように思われ、他の本件証拠中に散見する若干の肯定的供述も抽象的で適確な資料となしがたい。なお、被告人富雄自身に対する当裁判所の評価は、判示冒頭に記載したとおりである。

二  公正証書原本不実記載、同行使の事実について(被告人木下富雄に対する昭和四一年七月四日付起訴の公訴事実第三、被告人木下末廣に対する公訴事実第二、被告人岩崎〓夫、同永田清次、同木下辰則に対する各起訴状記載の公訴事実)

右公訴事実の要旨は、「被告人木下富雄、同木下末廣、同岩崎〓夫、同永田清次、同木下辰則は共謀のうえ、いわゆる見せ金操作により会社設立の登記手続をしようと企て、昭和三七年三月一〇日ごろ被告人末廣ほか六名を発起名義人とし、商号は株式会社今井建設、土木建築工事の設計施行の請負、建築材料の製作および販売等を事業の目的とし、発行株式総数八、〇〇〇株、設立の際発行する株式二、〇〇〇株、一株の金額五〇〇円、すべて額面株式とする旨の定款を作成して、同月一三日公証人中野謙五の認証を受け、後藤辰彦を株式申込名義人として同人および右発起人らにおいて右全株式を引受けた旨の株式引受証七通等を作成し、なお同月一四日ころ被告人富雄において金策した金一、〇〇〇、〇〇〇円を右株式引受人らが引受株数に応じて払い込んだように装い、株式会社肥後相互銀行に預け入れ、同行より株式払込金保管証明書の交付を受けたうえ、全く株金の払込がなく、創立総会を開催していないのにかかわらず、適式の手続を踏み同日創立総会を経て取締役および監査役を選任したごとく偽り、同月一九日熊本市大江町熊本地方法務局において係官に対し、福原輝子を介し、右虚構の事実を記載した定款、株式引受証、創立総会議事録等を同会社設立登記申請書とともに提出し、同日登記官吏をして登記簿の原本にその旨不実の記載をさせ、即時これを同所に備付けさせて行使したものである。」というのであつて、右所為は刑法第一五七条第一項第一五八条第一項に該当するとするのである。

そこで考えてみるに、いわゆる「見せ金」による会社設立とは、通常発起人が会社設立に際し、払込取扱銀行以外の者から借入金を得て株式の払込に充当し、会社成立後その払込金を引き出し借入先に返還する場合のように、当初から真実株式の払込みをして会社の資本を充実する意思がなく、単に払込の外観を整えるために、一時的に銀行に金員を預託する場合をいうものと解せられる。しかし、本件においては、所定の資本金一、〇〇〇、〇〇〇円を被告人木下富雄において金八〇〇、〇〇〇円、同末廣において金二〇〇、〇〇〇円を各出捐し払込みをしているところ、本件証拠を精査しても、右払込が仮装のものであつて、右の意味における「見せ金」であるということはできない。検察官の主張も、本件審理の最終段階において明らかにされたところによれば、そのことをとらえて「見せ金」というのではなく、その趣旨とするところは、各株式引受人において引受もしくは申込の意思がないのに株式引受証もしくは株式申込証を作成し、かつ各自引受もしくは申込株式について株金の払込をせず、第三者において引受株式総額に応じた合計一、〇〇〇、〇〇〇円を払込み、設立登記を経由したのは、結局株金の払込みがなかつたことに帰し、さらに定款を作成し、創立総会を開催し、取締役、監査役等の役員を選任した事実がないのに、これをしたような議事録を作成しており、その設立手続における瑕疵は重大であつて、結局本件会社は不存在であるというべく、登記事項のすべてにわたり虚偽不実であり、したがつて、公正証書原本不実記載罪が成立するというもののごとくである。

そこで、右検察官の主張する観点に立つて調べてみるに、被告人木下富雄、同末廣、同岩崎、同辰則、同永田の当公判廷における供述、証人今辻政雄、同西清、同清崎重人の各証言、証人後藤辰彦に対する尋問調書、梶原康生、梅元昭東の司法警察員に対する各供述調書、証人梶原康生の当公判廷における供述、司法警察員作成の昭和四一年六月一七日付捜査報告書を総合すると、被告人木下富雄は、同末廣、同岩崎と相謀り、同末廣が主宰する株式会社今井建設の設立を企て、梅元昭東税理事務所の税理士梶原康生を呼び、同人に対しその構想を説明し、会社名、目的、資本金額、発起人、株式引受人、取締役、監査役等必要な諸事項を告知し、会社設立に要する一切の手続を包括的に委嘱し、また被告人岩崎、同末廣において被告人木下の親族または木下建設の従業員の中から被告人辰則、同永田ら六名を選び、発起人、株式引受人または株式申込人になつて貰うべく、その告知内容については個人差があるが、要するに会社設立手続のため名義を貸して貰いたい旨頼み、株式引受額等に応じた金員の出捐をする必要のないことの、明示または暗黙の了解のもとに、その概括的承諾を受けて印鑑および印鑑証明書を預り、これを梶原に預託した。そこで、同人は指示された骨子を基礎に、女子事務員をして同事務所備付のひな型によつてしかるべく定款、株式引受証、創立総会議事録等必要書類を作成させ、各名義人欄に指定の氏名を記入してその名下に保管の前記印鑑を押捺し、結局株式会社の設立登記を完了したことを認めることができる。以上の事実関係に基づいて考えるに、各発起人兼株式引受人および申込人は、被告人岩崎らはもとより他の六名においても、有効な会社設立手続をとるため、包括的に手続を委任したものであるから、自己資金の出捐をする意思の存否はとにかく、書面の記載に応じた引受もしくは申込の意思がなかつたと一概にいえないし、また株金の払込みはその引受人らがその引受額等に応じ直接かつ自己資金を出捐しなければ、払込みの効力を欠くものとは解しがたく、本件のごとく現実の払込ができている以上、株金の払込がなかつたということはできずこの点に関する限り、登記事項のいずれにも虚偽不実はない。

次に、本件会社設立に際し適法な手続による創立総会が開催されたことも、したがつて創立総会によつて役員が選任された事実もないのに、あたかも右手続がなされたような議事録が作成されたことは前認定のとおりであり、したがつてかかる瑕疵の故に、会社は不存在とみて登記事項のすべてにわたつて、虚偽不実であり、また仮りにそうでないとしても、登記事項中「取締役及び監査役の氏名」(商法第一八八条第二項第七号)など個々の事項について虚偽不実であり、一応形式的には公正証書原本不実記載罪等が成立することは、外観上明らかなごとくである。しかしながら、前掲各証拠により認められるように、本件会社はごく小規模なもので、いわゆる同族会社に類し、関係者は前記八名にとどまり、元来意思の疎通を計りやすい間柄にある筈であるが、同人らが本件会社の設立に参画する態様と経緯は前認定のとおりであり、法律的に有効な会社設立を希望してはいるが、具体的な事項はすべて被告人末廣ら幹部に包括的に一任しているとみられるのである。したがつて、創立総会議事録に記載された同総会の議決内容は、その構成員たる右の者らの意思にそうもので、また同総会で選任された役員たちも実質的には就任を承認していると認めうるのであるから、本件登記事項はいずれもその実質的内容において真実に合致し、にわかに虚偽不実と断定し、公正証書原本不実記載罪に問擬し、刑事責任を問いがたいように思われる。しかし、仮りにかような判断が出来ないとしても、刑法第一五七条は故意犯であるから、同罪が成立するためには、行為者において登記官吏に対し申し立てて公正証書の原本に記載させた事項が、虚偽不実であることを認識していたことを要件とすることはいうまでもない。しかるところ、会社設立手続に関する法律知識については、被告人らの間において程度の差があり一律にはいえないけれども、仮りに被告人らにおいて株式会社の設立には適式な創立総会の開催が必要不可欠であることを認識していたとしても、被告人らは本件会社の設立を仮装する意思はなく、有効に会社が設立されることを望んでおり(現に設立後営業活動をしている)、それ故にこそ会社設立手続の専門家である税理士にその手続一切を委任したのであり、税理士の処理をすべて適法と信じ、本件のごとき会社の場合適法な創立総会の開催がなくても設立は有効であると考え、よもや会社設立が無効であるとか、会社不存在に帰するとかは考え及ばなかつたと認めるのが相当である。そして、被告人富雄は、現に役員をする他の会社設立に際し、本件と同様の手続で処理し、その適法性について疑を持たなかつたことがうかがわれるのである。

かようにみてくると、少くとも本件登記事項は実際に虚偽不実なのにかかわらず、判示のごとき事情のもとにその認識を欠き、かつ虚偽不実でないと被告人らが信ずるについて、それ相当の理由があるものと認められるから、結局被告人らは公正証書原本不実記載同行使罪につき故意を阻却するものというべく、いずれも犯罪は成立しない。

三  不動産侵奪の事実について(被告人木下富雄に対する昭和四一年七月二九日付起訴の公訴事実の一部)

右公訴事実の要旨は、被告人木下富雄は、出田久らと共謀し、国有財産である建設省所管の用排水路を埋め立てて侵奪しようと企て、熊本県知事の許可を受けないで、「第一号水路」熊本市池田町字桜井一、四〇〇番地から同町字本坪一、二四二番地まで(幅員平均二、二九米、長さ二八二、四米、面積六四六、六九平方米)、「第二号水路」同町字本坪一、二五九番地から同一、二四四番地まで(幅員平均三、六四米、長さ二八五、一七米、面積一、〇三八、〇三平方米)および「第三号水路」同町字桜井一、三七三番地から同一、三七二番地まで(幅員平均一、八四米、長さ三五、三米、面積六四、九五平方米)の各用排水路(敷地面積合計一、七四九、六七平方米)を右学校用地として埋め立てて、校地の一部として占有使用し、もつて他人の不動産である右用排水路敷地を侵奪したものである。」というのであつて、右所為は刑法第二三五条の二に該当するとする。しかしながら、右用排水路敷地が国有財産であり、建設省の所管であること、したがつてこれが埋め立てには沿岸農民等の同意のみならず、県知事に対し国有財産の用途廃止申請等の手続を経由しなければならないことにつき、同被告人において的確な認識を有していたことの証明が不十分であり、結局被告人の犯意の証明がないことに帰する。そして、右用排水路は、市道と同一建設用地内に存在するが、その管理者を異にするが故に、格別に侵奪罪が成立し、右は本来併合罪の関係に立つべきものと解せられるので、主文において無罪の言渡をすべきものである。

四  入場税法違反の事実について(被告人木下富雄に対する昭和四一年九月二二日付起訴の公訴事実第一)

右公訴事実の要旨は、「被告人木下富雄は、昭和三六年一〇月一日から同年一一月三〇日までの間熊本城竹の丸を興業場として、「熊本大菊人形博覧会」と称する見せ物を主催したものであるが、入場税を免れようと企て、ことさら特別入場券(前売券)の切り取り線にミシンを入れず、入場の際入場者の呈示する入場券の半券を切り取らないでそのまま全券を回収して別途保管し未使用残券を仮装するなどの方法により、同年九月中に前売券一五、〇〇〇枚分の入場料金一、八〇〇、〇〇〇円を領収し、その課税標準額は金一、五〇〇、〇〇〇円、入場税額は金三〇〇、〇〇〇円であるのに、同年一〇月五日ごろまで所轄熊本税務署長に対し課税標準額申告書を提出しないで、同年九月分の入場税金三〇〇、〇〇〇円を免れ、もつて不正の行為により入場税を逋脱したものである。」というのであり、右所為は昭和三七年法律第五〇号による改正前の入場税法第二五条第一項第一号に該当するとするのである。

本件証拠によると、被告人木下富雄において、昭和三六年九月中に公訴事実記載のごとき入場料を領収しながら、所定の課税標準額申告書を所轄税務署に提出しなかつたことは明らかである。しかしながら、右のごとき不申告がただちに入場税法第二五条第一項第一号にいう「詐偽その他不正の行為」に該当するものでないことは、同法第二六条第一号の規定の設けられていることにより明らかである。そして、証人永田清次の供述などに徴すると、前売券にミシン線を入れてなく、また半片の「人形館券」と「花壇券」の印刷が会場の巡回順路と逆になつていた事実にしても、それ自体では被告人に入場券の呈示を求めた際その半片を切り取らず、他の半片をも入場者に返還しないという逋脱手段を容易ならしめる意図に出たものと速断できないのであつて、同年一〇月分、一一月分につき前判示のごとき手段方法により入場税の逋脱がなされていることを勘案しても、同年九月中は本件興業が開催されておらず、右のような手段を講ずる余地がなかつたのであるから、開催後の二ケ月と包括してこれを一体として観察し、九月分についても被告人に右のごとき不正の行為により入場税を逋脱する犯意があつたと断定しがたいものといわなければならない。したがつて、右公訴事実は結局犯罪の証明がないことに帰するのである。

以上の次第であるから、右に説示した四点については、刑事訴訟法第三三六条により当該被告人に対し無罪の言渡をすることにする。

よつて、主文のとおり判決する。

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